2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

カテゴリー

無料ブログはココログ

« ポーランドの旅 - 第5日・§2 - | トップページ | ポーランドの旅 - 第6日・§2 - »

2018年7月 7日 (土)

ポーランドの旅 - 第6日・§1 -

6月2日(土) sun

Dzień dobry🎵

 

ワルシャワ滞在 shoe shoe shoe dash dash dash

 

* 朝食 delicious

Img_6995

 

 

聖十字架教会

ワルシャワ蜂起 の際、爆撃を受け崩壊、その後に再建された。

Img_7135

Img_7002

Img_6999

Img_7139

Img_7142

Img_7141

Img_7138

* ショパンの心臓が埋め込まれている柱

柱には あなたの宝の場所にあなたの心がある(マタイ伝) と記されている。

Img_6997

clip 祖国をこよなく愛しながらも、1830年の11月蜂起が勃発し祖国への帰国は叶わず、

  1849年10月17日、パリにて39歳で死去。

  遺体はパリのペールラシューズ墓地に埋葬されたが、

  せめて心臓だけは祖国に埋葬してほしい・・ というのがショパンの生前からの願いだった。.

  最期を看取った姉のルドヴィカは、密かに心臓をワルシャワに持ち帰り、教会の地下へ埋葬。

  ナチスドイツによるワルシャワ爆撃の際、

  心臓はドイツには持ち出されたが、戦後、ポーランドに返還され、教会再建後、元の場所に戻された。 

 

Img_7143

ショパンとヨハネ・パウロ二世はポーランド人の誇りなのだなと、改めて思う。

 

* コペルニクスの像 → ショパンの音楽を奏でるベンチ → 映画「杉原千畝」が撮影された場所

Img_7152

Img_7003_3


ベンチにはボタンがあり、ボタンを押すとショパンの名曲が10秒ほど流れる。

ワルシャワ市内のあちこちに点在している。

                                                             

 

 

Img_7004

Img_7007

 

 

bus → ジェラゾヴァボラへ  (ワルシャワから西へ54㎞

 

ショパンの生家

Img_7023

1810年3月1日(教会登録は2月22日)誕生。

生後間もなく両親(父フランス人・母ポーランド人)とともにワルシャワに移り20歳まで過ごす。

その後、フランスに移住し音楽家として成功するが・・・

広々とした庭園と家屋をショパン愛好家が買い取り、一般公開されている。

Img_7009_2


ショパンのバラ

 

 

 

 

 

Img_7010

Img_7026

Img_7024

Img_7025

Img_7012

Img_7015
                         

Img_7016

Img_7018

Img_7017

Img_7019

Img_7020

Img_7021_2


ショパンのピアノ

 

 

 

 

 

 

お土産屋さんのおば様、、、 スラブ系(?)・・

若かりし頃は美人だったに違いない! coldsweats01 sweat01

Img_7027

 

 

     続く・・・・。

 

 

« ポーランドの旅 - 第5日・§2 - | トップページ | ポーランドの旅 - 第6日・§2 - »

2018年・ポーランド(2)」カテゴリの記事

コメント

♯ Date: Sat, 7 Jul 2018 18:45:06 +0900 (JST)

============================================

スプーン・フォーク・ナイフ、重いやつでしたか?
・・ですよね、これらは、重いほうが
食べてて、ありがたみが高い、yamaoji論より

こんな、yamaojiでさへ、すぐに数曲・曲名が言える、
子供のころ、ひな祭りに呼んでくれた女の子んちんにも、
ピアノがあり、なんだか忘れたかひいてくれたのを覚えている・・
今さらに、偉大だと感じています、

今日も、ありがとうございました、  by yamaoji.

★yamaojiさん

重いカトラリーでした。
さすが五つ星のテーブルセッティングとサーブ・・( ^ω^)・・・
美味しさが倍増しますね。

ピアノを習うと、いつの日かショパンが弾けるようにと思いますね。
何年か前、先生に次はこの曲はどうですか?と言われたときは嬉しかった。
1年以上かかったけれど暗譜で弾けるようになりました・・ が、今は弾けません。。(p´□`q)゜トホホ

ポーランドはなんたってショパンとヨハネ・パウロ二世でした。
アウシュヴィッツは別格です!


コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ポーランドの旅 - 第5日・§2 - | トップページ | ポーランドの旅 - 第6日・§2 - »