2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カテゴリー

無料ブログはココログ

« ポーランドの旅 - 第3日・§1- | トップページ | ポーランドの旅 - 第3日・§3 - »

2018年6月23日 (土)

ポーランドの旅 - 第3日・§2 -

5月30日(水)

Dzień dobry🎵

 

→ アウシュヴィッツへ

 

国立オシフィエンチム(アウシュビッツ・ビルケナウ)博物館

戦前ポーランド軍兵舎だったところに1940年、SS親衛隊司令官ハインリッヒ・ヒムラーの命で建てられた強制収容所。

  当初はポーランド人政治犯用で728名が収監。

  1942年に「ユダヤ人問題の「最終的解決」が決定され、ユダヤ人絶滅センターとなる。

  1940年~1945年の間に110万~150万人が犠牲になったといわれている。

  ユダヤ人、ポーランド人、ロマ(ジプシー)、ソ連軍捕虜、同性愛者........

  1945年1月27日、ソ連軍により解放された当時、約7000人が収容されていた。

 

アウシュヴィッツ第一強制収容所 (総面積6ha・28頭のバラック

アウシュヴィッツ(ポーランド名は「オシフィエンチム」)唯一の日本人ガイド 中谷剛さん のガイドで・・

Img_6811

* 収容所入り口 ARBEIT MACHT FREI 労働すれば自由になる

Img_6807

Img_6808

Img_6816

* 第4棟(当時の写真・毒ガスチクロンBの缶・人髪(遺体の一部ということで撮影は禁止)で織られた布

Img_6814

Img_6813

Img_6815

* 第5棟(眼鏡・義足・義手・靴・食器類・鞄

Img_6820

Img_6821

Img_6828

Img_6822

Img_6823_2

住所、名前が大きく書いてある。

再び手にする日が来たとき、

何処そこの誰それの物であるとわかるように・・ と。

 

 

 

おびただしい量の遺品を目にし胸が潰れる思いがした・・ というか、潰れた。

 

* ルドルフ・ヘスの家 → ヘスが処刑された絞首台 → 死の壁(収容者がこの壁の前で銃殺された)

Img_6834

* ガス室 → 死体焼却炉

Img_6835

Img_6836

* 高圧電流の鉄条網と見張塔

Img_6831

Img_6829


絶望のあまり、

自ら高圧電流の鉄条網に身を投げ出す人も多かった。

 

 

 

 

 

大勢の見学者・・

入場は無料で、40か国語のガイド(ガイド料は有料)がいるとのことだった。

Img_6832

Img_6810_2

Img_6837

 

* 中谷さんから我々へのメッセージ

この地で起こった未曾有の悲劇をナチスを悪者とすることで片付けることなく、より包括的にとらえて未来への教えとするための研究が現在も行われている。

 欧州ではこの地を継承すべき負の遺産ととらへ、学生たちに過去および未来について考える教育機関とみなし、多くの来訪者や学生を受け入れている。

難民が史上最大数に達している現在、何故ドイツが大きな経済的負担にも関わらず国策として大量に難民を受受け入れているのか・・

ドイツという先進国が何故このような大虐殺を行うことになったのか・・

戦時中、日本は何故そのドイツと方向性を共にすることになったのか・・

日本も教育の場で、このような問題について考えるときに来ているのではないか・・

 

        添乗員Yさんの「旅の記録」より

 

.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。. .。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。. .。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

 

タブーに立ち向かうのは戦争を経験していない世代・・

(日本の教育現場において、「近代歴史」はアンタッチャブル?

「教育」ということに関して、将棋の藤井聡太くんの受けた モンティソーリ教育 に触れられていた。

 

NHK(2017年2月) ※ ちょっと長いが是非!

 ただ涙を流すのではなく “分断する世界”とアウシュヴィッツ

   100万人を超えるユダヤ人が虐殺されたアウシュビッツ強制収容所。

   その悲劇を伝え続ける日本人ガイドがいる。

   世界が分断を深める今、何を語るべきか、苦悩する姿を追う。

 

朝日新聞朝刊(2018年6月19日)

「異なる音色 混迷の世界で」  ダニエル・バレンボイム(ロシア系ユダヤ人・イスラエル国籍)

  対立する相手との対話や共存は可能か、、、、

  ドイツ人の大多数は依然、世界のどこの国よりも過去に向き合っている。

  罪の意識よりも責任感からのものだ。

  ドイツに住むユダヤ人として賞賛すべきことだと思う。

 

 

            続く・・・・。


« ポーランドの旅 - 第3日・§1- | トップページ | ポーランドの旅 - 第3日・§3 - »

2018年・ポーランド(1)」カテゴリの記事

コメント

♯ Date: Sun, 24 Jun 2018 18:02:41 +0900 (JST)

=================================================

・・・無知なyamaojiでさへも、
アウシュヴィッツ = 毒ガス・大虐殺・・・
とつなげて記憶にあるぐらいです・・・

タイ・メーホンソン、というところには、
某インパール作戦で、逃げてきた日本兵の・・・
せっかくタイにいるので、ボランティアとして、
遺骨・遺物の収集に参加したことがありました、
で、タイ人が経営している博物館で、
当時の鉄のヘルメットに銃の貫通跡・・・・
グッとくるものがありました、

なんか、こういったお話、好きかも・興味がわきました、
胸に残る書き込み、ありがとうございました、 by yamaoji.

★ yamaojiさん

何年か前、インパール作戦の未帰還兵を取材した映画を観ました。
戦争を知らない若い監督の「花と兵隊」という映画です。
慰霊塔も出てきました。メーホーソンかもしれません。

あの戦争で日本人が何をしたか、、、
戦争はしてはいけませんよね。
でも過去(歴史)から学ばないのが人間です。
知ることの大切さを学んだ訪問でした。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ポーランドの旅 - 第3日・§1- | トップページ | ポーランドの旅 - 第3日・§3 - »