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2016年7月

2016年7月21日 (木)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 最終日 -


Добър ден

 

 

6月2日(木)

パリairplane → 羽田

 

* 6月1日(水)

23:50 AF274 パリ(シャルル・ドゴール空港)出発

 

 

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鴨フォワグラ燻製のテリーヌ

生姜とライム風味のマンゴーチャツネ

ベビースピナッチ

和製スペシャルビーフカレー (豆ご飯

カマンベールチーズ

レモンメレンゲタルトレット

 

 

帰国便に乗ると、毎度のことながら食欲減退。。。。gawk _ノフ○ グッタリ

とりあえず、シャンパンで「お疲れさま~」

お味噌汁とペリエとワイン(白)を飲んだら満腹、もういいや wobbly となる。

が・・・

同行のSさんが、

ドゴール空港の アンジェリーナ で買ったモンブラン(8€)を、半分づつ食べようと言う。

真夜中 + 疲れた胃袋 catface catface catface ありがたいような・・ ありがたくないような・・・

美味しいんだろうけれど・・・ チョー甘~ bearing 

レモンを浮かべたペリエで流し込む。

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  (´△`)Zzzz・・・。o○  sleepy sleepy sleepy sleepy sleepy   (´△`)Zzzz・・・。o○

 

 

6月2日(木)

18:05 羽田到着  ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~  ┐(´д`)┌ ヤレヤレ

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ご夫婦2組

Sさんと私

添乗員のOW・Aさん

ガイドのエミールさん(トム・ハンクス似)

ドライバーのキリルさん(青い目に一同lovely

 

 

6人で催行。。。。 旅行会社はペイするのか? と余所ながら思ったことだった。

 

    Довиждане!

 

    

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。. .。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。. .。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

 

お土産

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2016年7月20日 (水)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第9日 -

Добър ден

 

 

6月1日(水)

ソフィア → コプリフシティツァ shoe shoe shoe  → ソフィアairplane →パリ

 

 

* 朝食

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今日もいい天気~🎶 sun sun sun

あっという間にブルガリア最終日となる。

 

 

→ コプリフシティツァへ bus dash

 

* コプリフシティツァ (標高1060m)

スレドナ・ゴラ山脈のトポルニツァ川沿いに位置。

村の歴史は14世紀、オスマン朝の侵入により土地を追われた人々が住んだことに始まる。

1876年の「4月蜂起」の中心となった町。

歴史的建造物が多く残されていることから「美術館都市」と呼ばれており、

JATA(日本旅行業界)が選ぶ 「ヨーロッパの美しい村30選」 の一つ。

 

石畳の道を進み・・ 村の教会 → カブレシェコフの家 → リュトフの家

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* 村の教会

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* カブレシェコフの家

1845年建築。

ここで生まれたトドール・カブレシェコフ(26歳で死亡)は、

1876年の 「四月蜂起」 の指揮者で、家の前にはピストルを手にした彼の像が建っている。

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* リュトフの家

時の有力者トバロフが1854に建てた邸宅。

その後、この町の大商人リュトフの手に渡ったことから「リュトフの家」と呼ばれている。

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* カラチェフ橋

町を南北に流れるトポルニツァ川に流れ込む小さな川には、石橋がいくつか架けられており、

四月蜂起の勃発を告げた最初の銃声は、この橋の上から鳴り響いたとか。

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6月1日はブルガリアの「子供の日」で、大勢の子供たちが遠足に来ていた。

皆、おおらか wink で にこやか happy01 

「ハローsign01」「チャオーsign01」と手を振ってポーズしてくれる。

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石畳の美しい街並み。

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* 昼食 @ Pod Starata Krusha

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delicious マッシュルームのマリネ  delicious 卵と串焼き  delicious スイカ

 

 

→ 一路ソフィア・ヴラジデヴォ空港へ bus dash

 

 

* 17:35 AF1789 ソフィアヴラジデヴォ空港)出発

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約3時間弱の飛行 (時差-1時間

 

 

* 19:05 パリ(シャルル・ドゴール空港)到着  

 

2016年7月18日 (月)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第8日 ∽2 -

Добър ден

 

5月31日(火)

ソフィア → リラの僧院 shoe shoe shoe  → ボヤナ教会 shoe shoe shoe → ソフィア

 

 

* 昼食 @Gorski

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delicious 豆のスープ  delicious 鱒のグリル  delicious クレープ

 

 

→ ボヤナ教会へ bus dash

 

* ボヤナ教会

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静かな森の中に3つの聖堂が連なるように増築された教会。

最初(1048年)に建てられた東棟(一番奥)は、聖ニコラウスに捧げられたものであり、

「最後の晩餐」には、ブルガリア特有の食材が描かれている。

中央棟(2階建て)は1259年、貴族のセバスト・クラトル・カラヤンよって建てられ、

イヴァン・リルスキー、コンスタンティン・アッセン王、11歳のキリストが描かれている。

現在、入り口になっている西棟は19世紀に増築された。

 

入り口は閉じられており、フレスコ画保護のため一度に数人づつ しか入ることができない。

大勢の人が順番を待っていたが、我々は(予約してあった?)すぐに入ることができた。

拝観時間は1グループ10分。

しかし、その時間内で収まるはずもなく・・・ 

20分近くになっていたのだろうか、

さすがに係員が「次のグループに、、、」という仕草を見せたのだった。

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内部は撮影禁止なので → ボヤナ教会のフレスコ画

 

 

リラの僧院、ボヤナ教会の素晴らしいフレスコ画を堪能 lovely lovely lovely

 

 

→ ソフィアへ bus dash

 

 

 

* 夕食 @ホテル内レストラン

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delicious シュプスカサラダ(トマト・キュウリにチーズを振りかけたブルガリアの一般的なサラダ)

delicious ムサカ(野菜の重ね焼き)  delicious シュークリーム

 

ホテル内には前衛的な彫刻が至るところに・・・

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アッ!と驚くおデブさん~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Лека нощ  sleepy sleepy sleepy sleepy sleepy 

2016年7月17日 (日)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第8日 ∽1 -

Добър ден

 

5月31日(火)

ソフィア → リラの僧院 shoe shoe shoe  → ボヤナ教会 shoe shoe shoe → ソフィア

 

* 朝食

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今日もいい天気~ sun sun sun 

 

→ リラへ bus dash

「リラ」 という名前はトラキア人由来と考えられ「水豊な山」という意味。

 

* コチェリノヴォ村

ソフィアからリラへ向かう途中にある村。

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どの家の屋根にも煙突があり、コウノトリの巣が散見される。

この時期、アフリカから巣(自分の巣が分かるらしい)に戻って来て子育てをする。

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* リラの僧院

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リラ山地の麓にあるブルガリア正教の総本山。

ブルガリア国内最大の修道院で、

32000㎡の敷地に4階建ての外棟、300の僧房、4つの礼拝堂、郵便局などがある。

10世紀、修道士イヴァン・リルスキーが隠遁生活を始めたのが端緒となり、一つの集落を形成。

14世紀、第2次ブルガリア帝国の下、宗教的地位を高めたが、

14世紀の大地震、1833年の大火により建物のほとんどを失った。

オスマントルコ支配時代も権威は尊重され、ブルガリア語使用とキリスト教信仰は許されており、

19世紀の独立開放運動の精神的中心であった。

 

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 ← 正面  * 聖母誕生教会

  ← 左奥 * フレリョの塔

 

 

 

 

 

 

* 聖母誕生教会

1835年建立。

教会内には2つの礼拝堂と3つの祭壇があり、それぞれにイコノスタシスがある。

  右側の礼拝堂にはボリス3世の心臓が埋められており、

  ヒトラーを訪問した帰国直後に急死したため、ヒトラーに毒殺されたという説もあるとか・・・

 

教会外壁、内部は、ザハリ・ゾクラク兄弟によって描かれたフレスコ画で埋め尽くされている。

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* フレリョの塔

1355年に建設された5階建て(23m)の見張りのための塔。

1833年の火災を免れた唯一の建物である。

 

* 博物館

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僧院の歴史が年譜的に展示されているが、館内は撮影禁止。

一番のお宝(?)は「ラファエロの十字架」。

修道士ラファエロが、1790年~1802年にかけて作製した木製(シナの木)の十字架で、

1802年の完成時には盲目になっていた・・ と言い伝えられている。

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高さ59cmの十字架部分(全体は縦81cm・横43cm)に、

140の聖書の場面(キリストの誕生、洗礼、礫刑など)、1500人以上の人物が彫られているとか。

 

 

   続く・・・・

2016年7月15日 (金)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第7日 ∽3 -

Добър ден

 

5月30日(月)

プロブディフ → バチコボ shoe shoe shoe  → プロブディフ shoe shoe shoe → ソフィア

 

* 昼食 @ PULBIN (元イスラム教修道院

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delicious ヨーグルトの冷製スープ  delicious カヴァルマ(肉と野菜のトマト煮込み)  delicious フルーツサラダ

 

* ジュヤマ広場

広場の真ん中に大きな穴(?)が空き、古代ローマ時代の競技場跡(3万人収容)が見える。

今もって遺跡のほとんどは町の下に埋もれているという。

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広場に面して建つジュマヤ・ジャーミヤ。

14世紀(オスマントルコ時代)、教会の跡地に建てられた。

 

 

 

 

 

 

 

新市街(アレクサンダル・バテンベルク通り)から大通りへ・・

 

 

→ ソフィアへ bus dash プロブディフから140km

 

 

hotel ANEL 到着

 

夕食まで時間があったのでショッピングモール(MALL of SOFIA)へお土産のお菓子を買い物に行く。

が、ギリシャやトルコっぽいものしか見当たらず・・・・

ブルガリア独特のものはないらしい。

 

 

* 夕食 @ Vodenitzata

バスで30分ほど山道を走り、下車後10分ほど真っ暗な森の中の道を歩く。

民族舞踊を見ながら・・

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delicious ブルガリア風サラダ  delicious グリルプレート(キョフテ・牛肉の串焼き・野菜)  

delicious バニツァ(ブルガリア風パイ)

 

中庭で「火渡りの儀式」が始まる。

トラキア時代の太陽崇拝に起源を持ち、正教会の祝祭期間中に行われる儀式だそう。

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この火(熾きになった頃合い)の上を演技者が渡り、、、 当然渡る観光客はいるはずもなく

観光客の中に子供を見つけ、抱っこして渡ってくれる。

私が子供に見えたのか coldsweats01 ・・なにしろ真っ暗闇の中だから・・ 抱っこして渡ってくれた。

ラッキー scissors と、喜ぶべき?

 

 

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Лека нощ  sleepy sleepy sleepy sleepy sleepy 

 

2016年7月14日 (木)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第7日 ∽2 -

Добър ден

 

5月30日(月)

プロブディフ → バチコボ shoe shoe shoe  → プロブディフ shoe shoe shoe → ソフィア

 

 

→ プロブディフへ bus dash                             

 

                                                         

* プロブディフ

7つの丘(現在は5つ)があるブルガリア第2の都市(人口約40万人)

紀元前17世紀には既にトラキア人の集落があり、交通の要所として栄える。

当時は「エウモウピア」といわれていたが、

紀元前342年、古代マケドニア王国のフィリッポ2世が支配し「フィリッポポリス」となる。

紀元後45年、ローマのプロディアス帝の時代、

地形から「トリモンティウム(3つの丘)」と呼ばれるようになる。

6世紀、スラブ人により「プロブディス」となり、第1、第2ブルガリア帝国の時代を経て、

14世紀にオスマン帝国の統治下には「フィリッパ」と呼ばれた。

統治者が変わる度、町の名は変わったが今なお古い街並みが残る。

 

* ヒサル・カピア(要塞門)から旧市街へ。

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アカシア並木、石畳、木造の美しい家々・・・

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* ラマルティンの家(1830年建造)

アルフォンス・ド・ラマルティーヌ(フランスの詩人・1790~1869年)が滞在したことで、

ラマルティンの家と呼ばれるようになった。

道路へはみ出した窓が印象的。

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* ボヤジェフの家

19世紀、医師でありブルガリア解放運動家でもあった人物によって建てられた。

現在はズラトュ・ボヤジエフ(ブルガリアの画家・1903~1977年)の美術館になっている。

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* 聖コンスタンティンとエレナ教会

現在の教会は1832年に建てられたものだが、教会の起源は4世紀までさかのぼる。

キリスト教が禁止されていた304年、

37人の教徒がディオクレティアス帝の弾圧により命を落とした。

その後、コンスタンティヌス帝の時代になってキリスト教が公認され、

その皇帝と母親に敬意を表して教会の名前とした。

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坂道を上って・・・

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* ローマ劇場跡

2世紀に建造された古代ローマ時代の円形劇場跡。

トンネル関連工事中に偶然発見され、現在はオペラ等(7000人収容)に使用されている。

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    続く・・・・・

 

2016年7月13日 (水)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第7日 ∽1 -

Добър ден

 

5月30日(月)

プロブディフ → バチコボ shoe shoe shoe  → プロブディフ shoe shoe shoe → ソフィア

 

* 朝食

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今日も sun sun sun

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hotel RANADA PLOVDIV TORIMONTIUM を気分よく出発~

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→ バチコボへ bus dash (プロブディフから30km

 

* バチコボ僧院

リラの僧院に次ぐブルガリア第2の僧院。

1083年、ビサンチン軍の司令官を務めたバクリアニ家の2人の兄弟(グルジア出身)が、

ビサンチン皇帝から与えられた土地に修道院を創設。

14世紀に火災で焼失したが、1601年に再建。

教会堂入り口の壁画は1841年、ザハリ・ゾクラク(リラの僧院の壁画を描いた)によって描かれた。

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聖母教会の内部はフレスコ画で埋め尽くされ、

金箔を施したイコノスタシス(18世紀)が煌びやか、かつ荘厳。

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 聖母のイコン
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 聖ニコライ教会

 

 

 

 

 

 

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 僧院の敷地内では、

 自家製のジャム、ピクルスなどが売られている。

 

 

 

 

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 参道には露店が並ぶ。

 が・・・ 暇そうだった。

 僧院を出てすぐ(坂道の一番上)の露店でハーブソルトを買う。

 

 

 

 

 

    続く・・・・

2016年7月11日 (月)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第6日 ∽2 -

Добър ден

 

5月29日(日)

カザンラク → ラジェーナ村 notes lovely notes → カザンラク shoe shoe shoe  → プロブディフ

 

 

→ カザンラクへ bus dash

 

* イスラク歴史博物館

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トラキア人の古墳からの出土品、ローマ支配時代の発掘品、中世(12~14世紀)のものetc...

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黄金のマスク、金の装飾品、馬具、壺etc...

コプリンカ湖に沈むセプトポリス(古代トラキア人の町)から発見された。

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* クラタ民族博物館

150年くらい前の中産階級の家。

館員の方がローズウオーターを振りかけて出迎えてくれる。

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門の内側に昔のローズオイル・ローズウオーターの蒸留器がある。

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リビング・ダイニング 客間 寝室 バルコニーを見学。

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→ プロブディフへ bus dash カザンラクから約100km

 

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hotel RANADA PLOVDIV TORIMONTIUM  到着

 

夕食前、ラジェーナ村で摘んだバラをバスタブに浮かべクレオパトラ気分を味わう。

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* 夕食 @Hemingway

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 wine いかにもイタリアーノ

   チョイ悪オヤジ?

 

 

 

 

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delicious スモークサーモンとキュウリのカルパッチョ  delicious フォカッチャ 

delicious ポルチーニ茸とリコッタチーズのフィットチーネ  delicious チョコレートスフレ

 

 

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Лека нощ sleepy sleepy sleepy sleepy sleepy 

2016年7月10日 (日)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第6日 ∽1 -

Добър ден

 

5月29日(日)

カザンラク → ラジェーナ村  lovely notes → カザンラク shoe shoe shoe  → プロブディフ

 

* 朝食

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素晴らしい sun sun sun のもと、我々のためだけの  ribbon プライベート・バラ祭り へ出発~

 

 

→ ラジェーナ村 bus dash

 

ブルガリアはバラ ダマスクローズ の一大生産地。

世界中の香水やローズオイルの7割が、カザンラクのバラの谷で育てられたバラから作られている。

本来、バラ祭りはバラの谷周辺の村々が、バラの収穫を祝って行われた村ごとの収穫祭だった。

しかし現在は知名度が上がり観光客で大混雑し、かつての素朴さを失っている。
 
というわけで・・・
 
今回のribbon プライベート・バラ祭りは、昔ながらのバラ祭りを我々だけで楽しむというツアーである。
 
 
 
* ラジェーナ村 (カザンラクから約20km
 
バスの窓の向こうのバラ畑・・  大きく手を振る村人たちが見える。
 
 
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若者たちが、バラの首飾り、ライ麦パンとバラのジャム、ローズウオーターで出迎えてくれる。
 
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我々皆、もう大興奮 happy02 の大感激~ happy02 happy02 happy02 
 
 
村長さんの歓迎の挨拶の後、エプロンをつけてもらってバラ畑へGO!
 
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右側の女性が村長さん
 
 
 
 
 
 
 
 
 
摘み方を教えてもらいながら一つ一つ丁寧に摘み、摘んだバラをエプロンの中へ・・・
 
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我々ツアー客6人に村人30人余り、、、、
 
村の人たちが摘み取ったバラを、どんどんエプロンの中に入れてくれる。
 
 
 
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摘んだバラを天秤で計量。
 
それぞれ皆、ものすごい量で、大いに盛り上がる。
 
ピンクのリボンがついたガーゼの袋に詰めて、、、、  いい匂い~ lovely
 
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若者たちの結婚のダンス、子供たちのダンス。
 
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我々もダンスの輪に加わり、おぼつかないステップを踏んで楽しむ。
 
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* ピクニックランチ @バラ畑
 
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delicious バラのリキュールで乾杯~ wine
 
delicious 前菜  delicious チーズのフライ  delicious パプリカの肉・米詰め  delicious バラジャムのクレープ
 
 
 
私たちが食事をしている間、村の人たちは歌を歌ったり、ダンスをしたりして楽しませてくれる。
 
彼らも本当に楽しそうだった。
 
 
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食後・・
 
一緒にブルガリア語と日本語の勉強をし、
 
ブルガリアの歌 🎵美しい森よ 🎵若さあふれる青年よ をブルガリア語(プリントを見ながら)で合唱~ 🎶 (^^♪
 
 
楽しい時間は、あっという間に過ぎていき、
 
バラのシャワーを浴びながら村の人々全員と写真を撮って、いよいよお別れ、、、weep
 
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おじいさんが、いつまでもいつまでも手を振ってくれる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
スラブ人もロマ人も民族に関係なく仲良く暮らす素晴らしい村。
 
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      Благодаря(ブラゴダリャ) ありがとう~
 
   Довиждане( ドヴィジュダネ さようなら~


             続く・・・・

2016年7月 9日 (土)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第5日 ∽2 -

Добър ден

 

5月28日(土)

ベリコ・タルノボ shoe shoe shoe → アルバナシ村 shoe shoe shoe → シプカ峠 → カザンラク

 

 

→ シプカ峠へ bus dash

 

* シプカ峠 (標高1365m

露土戦争(ロシアとトルコ)の激戦地だったところで、慰霊のモニュメント(自由の碑)が建てられている。

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長い間、トルコの支配下にあったブルガリア・・

露土戦争でロシアが勝利したことは、トルコからの解放を意味するとはいえ、

ブルガリアの国旗、EUの旗と共にロシアの国旗が掲げられているのに違和感がある。

エミールさん(現地ガイド)いわく、「ここのオーナーの ○○ でしょ  ┐(´д`)┌ ・・・・・

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露土戦争を戦ったロシア兵を慰霊するために建てられた僧院。

(たまねぎ型の屋根がいかにもロシア風

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→ カザンラクへ bus dash

 

 

* トラキア人の墳墓

1944年、防空壕を掘っているとき偶然見つかった。

紀元前4~3世紀頃のもので前室と玄室があり、

ドーム型の玄室はトラキア人の葬送儀式が描かれている。

保存のため1960年より、一般の見学は禁止。

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1975年、レプリカが造られ見学できるが、とても狭く一度に数人づつ入るのがせいぜい。

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南東バルカン半島に広大な勢力を築き、紀元前5~3世紀に最盛期を迎える。

カザンラク近郊にはトラキア人の墳墓が多く残っており、ブルガリアは「トラキアの里」と言える。

 

 

 

* hotel PALAS HOTEL 到着

 

広場では、バラ祭りに向けてのダンス大会があったようだ。

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* 夕食 @ホテル内レストラン

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delicious キョフテ  delicious 鉄板焼き  delicious チーズケーキ

 

 

 

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Лека нощ sleepy sleepy sleepy sleepy sleepy 

 

2016年7月 7日 (木)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第5日 ∽1 -

Добър ден

 

5月28日(土)

ベリコ・タルノボ shoe shoe shoe → アルバナシ村 shoe shoe shoe → シプカ峠 → カザンラク

 

* 朝食

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今日もいい天気 sun sun sun だ!

hotel MERIDIAN HOTEL BOLYANSKI を元気に出発~

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* ツァレヴェッツの丘

かつての城跡。

丘全体は城壁で囲まれ、第2次ブルガリア王国時代は丘全体が宮殿となっていた。

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* ベリコ・タルノボ旧市街

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チェルシキ通りと呼ばれる通りは、

金銀細工、革製品、木工細工、陶器などの手工芸の職人街となっている。

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工房の職人さん、店の主人さんたちは皆、とても気さくな人たちだった。

 

 

→ アルバナシ村へ bus dash

 

* アルバナシ村

第2次ブルガリア王国時代(13~14世紀)から、夏の離宮が建てられていた。

15世紀、オスマントルコに占領されたアルバニアのキリスト教徒が避難民として移住。

およそ50の村に分かれて住みつき、そのうちの10の村が「アルバナシ」と呼ばれるようになった。

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懐かしさを感じさせる門扉。

日本の田舎を歩いているような・・・・

 

 

 

 

 

 

* キリスト生誕教会

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オスマントルコ時代に建てられたため軒は低く、農家かと思うほど質素。

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外観は質素だが教会内は16~17世紀にかけて描かれたフレスコ画で埋め尽くされ、

3500人もの聖人が描かれている。

奥は男性、手前は女性の礼拝室になっており、

男性の部屋はキリスト、女性の部屋はマリアの生涯が描かれている。

「運命の車輪」は、太陽を中心に四季や天空、12ヶ月と星座、その周りには人生の図が描かれていて、

最後の審判では、溺れるように地獄に落ちるフレスコ画も。

 

教会内は撮影禁止のため キリスト生誕教会 フレスコ画 ← を。

 

 

* 昼食 @Bulgarka

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delicious 前菜  delicious ギューヴェチェ(壺で煮込んだシチュー)  delicious 水牛のヨーグルト

 

 

      続く・・・・・

2016年7月 6日 (水)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第4日 ∽2 -

Добър ден

 

5月27日(金)

バルナ → マダラ shoe shoe shoe → プレスラフ shoe shoe shoe → シューメン shoe shoe shoe → ベリコ・タルノボ

 

→ シューメンへ bus dash

 

* シューメン

ソフィア ~ バルナ間の交通の要衝。

町の名シューメンは、

シメオン1世(ビザンツ帝国と戦かって勝利し、第1次ブルガリア帝国最大の領土を獲得)の名に因む。

第1次ブルガリア王国最初の首都プリスカ、次の首都プレスラフ防衛のための都市として興った。

現在はトルコ系住民が多く住む。

(地ビール beer シューメンスコビール の生産地として有名。

 

* 昼食 @PECTOPAHT

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delicious 野菜のクリームスープ  delicious パプリカの肉・米詰め  delicious バクラバ

 

 

* トンブルモスク

1744年、シュリフハシャの命により建設。

「トンブル」とはドームのことで、美しいドームと高さ40mのミナレットを持ち、

メドレッセと図書館が併設されている。

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→ ベリコ・タルノボへ bus dash

 

* ベリコ・タルノボ

ヤントラ川(バルカン山脈に水源を発する)の深い渓谷上に築かれた町。

家々は川沿いの切り立った崖の斜面に連なって建っており、その景観は非常に美しい。

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第2次ブルガリア王国(1187~1393年)の首都として栄え、

イヴァンアッセン王の時代にはビザンチン帝国をも圧倒し、バルカン半島全域を支配した。

1879年(500年に渡るオスマントルコ支配からの独立達成時)には

新生ブルガリア王国最初の国会が開かれた。

 

 

 

* hotel MERIDIAN HOTEL BOLYANSKI 到着

 

夕食まで時間があったので町を散策する。

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* 夕食 @ホテル内レストラン

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delicious ビュレク(トルコ発祥のパイ風)キュウリとトマト添え  delicious 牛肉のソテー  delicious 焼きリンゴ

 

 

 

部屋は質素だが、ベランダからの眺望は素晴らしい。

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Лека нощ sleepy sleepy sleepy sleepy sleepy 

2016年7月 2日 (土)

ブルガリア紀行(プライベート・バラ祭り) - 第4日 ∽1 -

Добър ден

 

5月27日(金)

バルナ → マダラ shoe shoe shoe → プレスラフ shoe shoe shoe → シューメン shoe shoe shoe → ベリコ・タルノボ

 

* 朝食

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荷物も届き、2泊したバルナを気分よく出発~!

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→ マダラへ bus dash

 

* マダラの騎士像

19世紀に発見され、1979年に世界遺産登録された。

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猟犬を従えライオンを槍で刺す騎士像が、地上23mの高さの断崖絶壁に彫られている。

誰が何のために彫らせたのか明らかになってはいないが、

第1次ブルガリア王国の建国者アズバルフハーンであると言われている。

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マダラの騎士像は栄光のシンボルとされ、

コイン(50ストティンキ)に描かれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

木の枝に紅白の紐のようなものが結び付けられている。

これは マルテニツァ といい、健康と幸運を祈るお守りだそう。

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毎年3月1日に「健康と幸運」を祈って家族や友達や知人と交換し、

春を告げるコウノトリを見かけたらマルテニツァを取り外し、願いを込めて実がなる木の枝に結ぶ。

木も、この1年を健全に生きて行けると信じられているとのこと。

いい習慣だなぁ、、、、と思った。

 

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→ プレスラフへ bus dash

 

* プレスラフ

第1次ブルガリア王国の2番目の首都として893年、シメオン王がプリスカより遷都。

864年、ポリス1世(シメオン王の父)がキリスト教に改宗。

国教となったキリスト教の建物を建てるために遷都した。

 

* プレスラフ遺跡

城壁(周囲2.5kmほど)に囲まれた城塞都市。

王宮は大理石が使われ、金銀の装飾が施されていた。

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バシリカ教会が建てられ、城内には浴場、鍛冶屋、金や宝石細工、織物の作業所などがあり、

様々な産業が発達していた。

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円形教会跡

10世紀、シメオン王が建てさせた。

かつて、黄金のドームで覆われていたため

黄金教会と呼ばれていた。

 

 

 

 

* プレスラフ博物館

1925年、ヨルダングスグビーノによって発掘が始まり、その出土品が展示されている。

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    続く・・・・

 

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