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2011年7月31日 (日)

それぞれの祈り 嘆きの壁

紀元66年に始まったローマとのユダヤ戦争でエルサレムは陥落。
ユダヤ人の聖地である神殿は、西側の壁一枚を残して完全に破壊されてしまう。
(以降、ユダヤの民は流浪の歴史をたどる。

神殿の西側に位置するので 「西壁」 と呼ばれる。

では何故 「嘆きの壁」 と言われるのか?

揺れながら祈る姿が、まるで何かを嘆いているように見えるところから
「嘆きの壁」 と言われるようになった。


1948年、国連はイスラエル建国を宣言。
しかし、周囲のアラブ諸国が猛反発し、その後の中東戦争へと・・・
当時、エルサレム旧市街とエリコを含むヨルダン川西岸地域はヨルダン領であり
ユダヤ人は、自らの聖地に近づくことができなかった。

1967年、第3次中東戦争に勝利。
「西壁」は開放され、この場所で祈ることができるようになった。


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男女は左右別々の場所で祈る。

間は高い木の柵で目隠しされており
男性が祈っている所に女性は入れないし、その逆も然り。

壁に向かって祈る、あの黒ずくめの人を撮りたい・・ (大方の観光客の思い
写真を撮るのは自由というので、一心に祈る女性のなかに割って(?)入り
椅子に乗っかってカメラを向ける人多数。
しかし我々の、そんな無理やり・無遠慮も、祈る彼等彼女達にはどこ吹く風なのである。

宗教・信仰の凄さを感じたことだった。



5803cf3d.jpg祈りを終え後ずさりして歩く人
(壁に背を向けない


ユダヤ教超正統派(?)の人たちは働いていない。
政府から生活保護費を受け
兵役も免除され
祈りと研鑽の日々をおくる。

一般市民の中には、働きもしないで・・・ と、不満を持つ人も多いとか



304cb38c.jpgもう一つの祈りの姿

額と腕に巻いているのは 「テフィリン」 というもので
額につけている箱の中には、ユダヤ民族と神との契約に基づく聖句が書かれた小片が入っている。
(頭から繋がる革紐は腕に7回巻かれている。
「頭で考えていること」と「腕で行うこと」が一致しているという意味。


e67ae2b0.jpgバルミツバ(男の子の13歳のお祝い

母親といえども男性の壁の方には入れない。
我が子の晴れ姿を見んものと
我々と同じく(いや、それ以上に?)人を押しのけ
我先にと椅子の上に乗っかっていた。
(子を思う母の心は何処も同じ




紙に書いた願い事を壁に挟み「嘆きの壁」を後にする。
(オバマも挟んだそうです。オバマの願いとは・・ はてさて・・・


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17a79726.jpgキッパ
(ユダヤ教徒の男性が頭に被る帽子・・ のようなもの

キッパは「天上」を表し
キッパを被るのは、常に神と共にあるということ。



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老いも若きも兵士も被っている。
パチン止めで止めている後姿・・ 失礼ながら、なんともカワイイ。
(因みに、止めるべき髪が無くなったら・・ ただ頭に乗っけているだけなので風の日は困っちゃう とか。

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