2018年6月
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2018年6月22日 (金)

ポーランドの旅 - 第3日・§1-

5月30日(木) sun

Dzień dobry🎵

 

グダニスク airplane → ワルシャワ airplane → クラコフ

 

朝食を美味しく delicious note いただいて、ホテル出発~

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* 8:50 LO3832 グダニスク(レフ・ワレサ空港)出発

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* 9:50 ワルシャワ(フレデリック・ショパン空港)到着

 

* 10:40 LO3907 ワルシャワ(フレデリック・ショパン空港)出発

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* 11:35 クラコフ(ヨハネ・パウロ二世空港)到着

ガタンと車輪が出たので、、、 クラコフへ着いたね~

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と思いきや・・・ 機材(ボンバルディア・プロペラ機)故障のためワルシャワへ戻ったのだという。

道理で見たような景色だ。

ポーランド語と英語(聞き取れず weepで機内放送はあったらしいが、乗客は誰もザワザワしない。

日本だったら「えぇーどーいうことーーー   (゚Д゚)ハァ? \(*`∧´)/    となること間違いなし!

見慣れたゲート (というか、つい1時間ほど前にバスに乗り込んだゲート) にバスは到着。

ああやっぱり、、、、 ワルシャワに戻ったのね、、、、 gawk

 

* 13:30 LO3905 ワルシャワ(フレデリック・ショパン空港)出発

我々13名(12名+1名)全員、振替搭乗できることになり先ずは \(;゚∇゚)/ホッ・・・

Yさん(添乗員)が空港内のカフェでサーモンのサンドイッチと飲み物を調達、ランチとする。

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1時間ほどで無事クラコフ到着。

(ボンバルディア機は座席2-2(78人乗り)だったが、この便は座席3-3のジェット機だった。

 

当初の予定と大幅に狂ったがアウシュヴィッツ(空港から約55km)へ向けて出発~dash dash dash

Yさん、大奮闘お疲れ様 (*^ー゚)bグッジョブ!!

 

 

         続く・・・・。 

 

2018年6月19日 (火)

ポーランドの旅 - 第2日・§3-

5月29日(水) sun

Dzień dobry🎵

 

◆ グダニスク滞在 shoe shoe shoe

 

bus → マルボルク城へ

 

マルボルク城

マルボルク城は13世紀にドイツ騎士団が建設した城。

(「マルボルクのドイツ騎士団の城」として世界遺産認定。

ポーランドは強国(ロシア、ドイツ、オーストリア)に囲まれており、国境線は絶えず変化 していた。

ノガド川(ヴィスワ川の支流)の対岸からの眺望が一番美しい。

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第二次世界大戦時、

ドイツとソ連との戦いで破壊された当時の写真と現在の姿。

 

 

 

 

* 下の城 → 中の城 → 騎士団長の館 → 回廊

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ペリカンの井戸

ペリカンは「食べ物が無いときには、自分の肉を子どもに与える」と言われており、このことを騎士達に示したものである・・ とか。

 

 

 

 

 

 

* 厨房 → パン焼き → ビール製造 → お手洗い(水洗式)

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大勢の子供たちが社会科見学中

 

 

 

 

 

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* 上の城

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広大すぎて何が何だか、、、、、 (´ρ`) Σ( ̄ロ ̄lll) gawk wobbly

 

 

bus → 再びグダニスク旧市街へ

 

ドゥーガ通り

ドゥーガ通りは、西の「黄金の門」から東の「緑の門」までの約500㍍の長い通りで、

グダニスク旧市街のメインストリート。

(ドゥーガ・・Długaはポーランド語で「長い」という意味。

かつてポーランド王が通ったということで「王の道」とも呼ばれている。

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奥に見えるのが「緑の門」

 

 

 

 

 

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奥に見えるのは大武器庫(17世紀)

 

 

 

 

 

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旧市庁舎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* ドゥーギ広場

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ネプチューンの噴水

白い建物はアルトゥール(アーサー王)の館」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緑の門」をくぐってモルタヴァ運河へ・・

奥のほうに黒い建物が見える。

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15世紀に造られた木造クレーンで・・

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中には直径5㍍の大きな車輪があり、

そこに4人が乗って車輪を回す。

(ハムスターのように?

最高で2tの貨物を引き上げることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あちこち散策しているうちに夕方となり・・ と言っても、まだまだ明るいが・・・

 

 

* 夕食

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delicious トマトスープ delicious ポークカツ delicious チーズケーキ

 

夜も更けて・・ と言いたいところだが、9時を過ぎてもまだまだ明るい。

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歩いてホテルへ帰る。

 

Dobranoc!  (-ω-)Zzzz...。oо○...。oо○...。oо○ 

 

2018年6月16日 (土)

ポーランドの旅 - 第2日・§2-

5月29日(水) sun

Dzień dobry🎵

 

◆ グダニスク滞在 shoe shoe shoe

 

連帯記念碑 (3本の十字架と錨のモニュメント)

政府の厳しい弾圧に抵抗して生命を落とした労働者を弔うために建てらた。

1980年8月、レーニン造船所の電気技師だったレフ・ワレサが独立自主労働組合「連帯」を結成。

「連帯」運動はポーランドの民主化、

更には東欧全土におよぶ革命(1989~1990年のきっかけとなった。

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ヨーロッパ連帯センター(旧レーニン造船所)

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日本のJR連合の記念プレート

 

 

 

 

 

 

 

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「連帯」の「21の要求」

ユネスコの記憶遺産として登録されている。

 

 

 

 

 

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* レフ・ヴァウェンサ(Lech  Wałęsa)の家  

「ワレサ」と言ってもポーランドでは通じないとのことだった。                                                     

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シフィエンティ・ブリギティ教会

14~16世紀建立。

聖ブリジット(14世紀に殉教したユーロの守護聖女)に献堂された教会。

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琥珀で覆われた聖母子像の主祭壇。

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聖ブリジットの聖遺物(顎の骨)、連帯運動中を指示した司教の礼拝堂など・・・。

 

 

マリエンツカ(聖母マリアの意)通り

当時の街並みを再現したグダニスクで最も美しい通り。

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聖母マリア教会

1314年から160年かけて(1502年完成)建立された。

煉瓦造りの教会としては世界最大で、2万4千人収容可能とか・・・。

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   ※ 画像はウェブより

   教会内画像 

 

「黄金の主祭壇」「天文時計」「最後の審判(メムリンク作)」 等々。

ミサが行われており、後方より静かに見学。

 

 

* ランチ @Gdanski Bowkeモルタヴァ運河沿い)

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delicious バルシチ(ビーツのスープ) delicious バルト海のサーモン delicious アイスクリーム(琥珀色ソース)

 

     続く・・・・。

2018年6月15日 (金)

ポーランドの旅 - 第2日・§1-

5月29日(水) sun

Dzień dobry🎵

 

グダニスク滞在 shoe shoe shoe

clip グダニスク

  バルト海に面したポーランド最大の港湾都市。

  琥珀産業の中心地で人口約50万人。

  997年に宣教師アルベルトが訪れ布教活動を行い、このことが街の起源とされる。

  1308年にドイツ騎士団領となり、以後、ハンザ同盟都市として繁栄。

  1793年から第一次世界大戦まではプロイセン領。

 

* 朝ご飯を美味しくいただいてレッツゴー dash dash dash

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ヴィステルプラッテ

 第2次世界大戦勃発の地。

1939年9月1日早朝、ドイツ軍艦シュレスヴィヒ・ホルシュタイン(入港5日目)が予告なく攻撃を開始。

(1939年当時はグダニスクという名前ではなく、自由都市ダンチヒという名前で国際連盟の保護下に置かれていた。

圧倒的に優勢なドイツ軍は12時間以内の陥落を見込んでいたが、ポーランド軍は7日間持ちこたえた。

(ドイツ軍3000人に対しポーランド守備隊は僅か186人・・

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← 対岸に平和祈願の戦没者慰霊塔がある。

 

 




                                                         

車窓より

* エネルガ・スタジアム(観客席数43000席)

 UEFA EURO 2012大会のために新設された琥珀色のサッカー競技場。

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* 旧ソ連時代の長さ1㎞にもおよぶ公営住宅・・ その当時は9000人が居住していたとか・・・

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* こちら、今風マンション・・

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オリーバ大聖堂 (ベネディクト派修道院付属教会)

12世紀創建。

15世紀にゴシック様式大聖堂として再建、17世紀にバロック様式で改築。

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* 聖母子像を掲げた主祭壇

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* パイプオルガンコンサートnote

パイプオルガンは3台で構成されており、パイプ総数は7876本で107の音色を出す。

音楽に合わせて天使の持つ楽器や星が動く仕組みになっている。

定時にパイプオルガン演奏が行われており、聖堂内は既に満員・・ 冷たい床に座って聴く。

素晴らしい音色にうっとり~lovely

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大聖堂の入り口付近にいたカワイ子ちゃんたち happy01

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    続く・・・。

 

2018年6月13日 (水)

ポーランドの旅 - 第1日-

    Republic of Poland  ポーランド共和国

ポーランド共和国spc
 clip 国旗の意味・由来
 
   ポーランドの伝説的建国者⋆レヒ⋆が、赤い夕日を背景に飛ぶ白い鷺を吉兆と思い
   赤地に王冠付きの白鷺を紋章にしたという言い伝えに由来する。
   上半分の白は「白鷺」、下半分の赤は「赤い夕日」と「自由を求める戦いで流れた血」を表す。
   1919年に国旗として制定された。
 
 
 clip ポーランドについて(ポーランド政府観光局公式サイト)
 
    ポーランド共和国地図
 
      国土面積・・ 日本の約5分の4
      人口・・ 約3800万人
 
 
 

5月28日(火)

成田 airplane → ワルシャワ airplane → グダンスク(グダニスク)

 

* 11:45 LO80 成田出発 (機材到着遅れにより1時間遅れで出発)

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今回 とてもとても頑張って プレミアムエコノミーで行く。

離陸前にシャンパンを飲み・・

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さてさて・・・ と、座席を操作してみる・・ が、、、押しても引いても倒れない。

男性乗務員がやってきて、座席を力任せに倒そうとする・・  が、、、ウンともスンとも動かない。

ε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ… ってな感じ。

とても上手な日本語を話すCA(ポーランド航空には日本人CAはいない)が・・・

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満席なのでチェンジシートはできない。

ビジネスクラスの食事とブランケット、次回ご旅行の際に使える20㌫割引券で勘弁して、、、

みたいなことで一件落着  (v^ー゜)ヤッタネ!! happy02

昼便なので座席が倒れようが倒れまいが、私としては大勢に影響ない、、、 というのが本当のところ (*≧m≦*)

 

 

というわけで、一回目の食事。

ワインの種類も幾つかあったが、チョーヤの梅酒をいただく。

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シベリア上空 ・・                                                         

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2回目の食事。

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* 15:55 ワルシャワ(フレデリック・ショパン空港)到着  時差-7時間

 

* 16月:35 LO0385 ワルシャワ発

 

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* 17:35 グダンスク(レフ・ワレサ空港)到着

 

→ ホテルへ

 

夕方7時過ぎだが、まだまだ明るい。

ホテル到着後、ビーチ(バルト海)の方へ散歩に出る。

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途中で迷子になる coldsweats02

が、、、 何とかホテルに辿り着く  coldsweats01

 

hotel MERCURE POSEJDON

 

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Dobranoc!  (-ω-)Zzzz...。oо○...。oо○...。oо○ 

2018年5月24日 (木)

5月 ウォーキング φ(・ω・ )メモ ( -_ [◎])パシャ 勿忘草 

5月3日(木・祝)

駅を降りたら、さあ歩こう!

西武沿線の見どころ訪ねてウォーキング。

というわけで、西武鉄道が企画・募集のウォーキング ハイキング に初めて参加する。

 

shoe 古き良き「いるま」を歩く (入間市・西武鉄道の共同開催)

稲荷山公園駅 → 彩の森入間公園 → ジョンソンタウン → 愛宕神社 → 高倉寺 → 入間茶祭り → 西洋館 → 入間市駅

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約7.5km

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* ジョンソンタウン(JOHNSON TOWN)

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入間市東町にある元米軍居留地全体の名称です。

米軍旧ジョンソン基地(現航空自衛隊入間基地)軍人が住んでいた米軍ハウス群を残した区画で、

米国風の街並みが広がり約130所帯(飲食店や雑貨店など約50店舗)が暮らしています。

アメリカン古民家と平成ハウスと呼ばれる現代的低層新築住宅が混在し、

番号のない家は、プライベートの住宅・・ とのことです。

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* 愛宕神社

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* 氷川神社

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* 高倉寺

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* 入間茶祭り

japanesetea 色は静岡 japanesetea 香りは宇治よ japanesetea 味は狭山でとどめさす

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入間市は狭山茶の主産地(埼玉県西部・東京都西多摩地域を中心に生産されている)です。

市内には東京ドーム85個分の広大な茶畑が広がり、100を超えるお茶業者があり、

茶葉の生産から加工・販売までを同じ生産者が行っているのが特徴で、お店により味が異なります。

 

* 旧石川組製糸西洋館(国登録文化財)

7月14日からの一般公開に先駆け、1階部分のみの公開。

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 朝方の天気予報は rain だったが cloud から sun になり、気持ちよく歩く。

お腹ペコペコで入間市駅到着。

2時前に飯能に戻り「ペペ」でお喋りしながらランチし、3時45分のバスで帰宅。

 

 

5月16日(水) sun

岡本太郎記念館へ行く。

pencil  岡本太郎記念館とは・・ 

  1996年、84歳で亡くなるまで岡本太郎のアトリエ兼住居で、1954年から50年近く彼が生活した空間である。 

  絵を描き、原稿を口述し、彫刻と格闘し、人と会い、 

  万国博の太陽の塔をはじめ巨大なモニュメントや壁画など、あらゆる作品の構想を練り制作した場所。 

  彼のエネルギーが今も満ち満ちている。 

  ここは戦前は青山高樹町三番地で、 

  岡本一平・かの子・太郎の一家が永く暮らし、一家でヨーロッパへ旅立ったのもこの地からだ。 

  旧居は戦災で焼失した。 

  戦後、友人の坂倉準三(ル・コルビュジェの愛弟子)の設計でアトリエを建てた。 

  坂倉は太郎の求めに応じ、ブロックを積んだ壁の上に凸レンズ形の屋根をのせてユニークな建物を作った。 

  当時話題をよんだ名建築だ。

 

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「太陽の塔 1967 - 2018 岡本太郎が問いかけたもの」

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1階、リビングルームとアトリエ。

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2階、《生命の樹》のミニチュア立体化の展示。

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「《 生命の樹 》は太陽の塔の“血流”であり、内壁の壁は“脳の襞”だ」と、岡本太郎は言いました。

大阪万博に行った暑い暑い夏の日・・

「太陽の塔」の中に入ったはずだが、どんなだったかちっとも覚えていないことに愕然coldsweats02とする。

あのとき、岡本太郎が日本社会に問いかけたものは何だったのか・・

 

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